「日銀の天下り」を物言う株主が追及 問われる日証金上場の意味

2023年02月01日 08:13
カテゴリ: 日記

日経ビジネス 2023年2月1日

日本証券金融は2月7日、大株主の投資ファンド・ストラテジックキャピタル(東京・渋谷)の請求に応じ、臨時株主総会を開く。同社は「上場以来、日証金の歴代社長は日本銀行OBだ」として、「天下り」の実態調査を行う弁護士選任を株主提案した。旧村上ファンドに参画していた丸木強代表が率いるストラテジックキャピタルはアクティビスト(物言う株主)を自認する数少ない存在だが、実は過去の株主提案はほとんど否決されている。それが今回は、「勝ちたい」と委任状争奪戦に熱が入っている。なぜ、日証金にこだわるのだろうか。


 日本証券金融は、金融商品取引法に基づく免許を受けた証券金融の専門会社だ。その本業は、信用取引のインフラとしての役割を担っている。信用取引とは、投資家が証券会社に保証金を差し入れ、証券会社から株式や資金を借りて株式を売買することを指す。持ってない株を売る「空売り」や、手元資金の範囲を超えたレバレッジが効いた取引が可能となる。信用取引の利用の9割は個人投資家で、個人投資家の売買のうち、信用取引が半分以上を占めている。

 信用取引には、一般信用取引と制度信用取引がある。一般信用取引は、証券会社と投資家の間で取引条件を決める。一方、制度信用取引は返済期限が最長6カ月、取引所が品貸し料を決めるなどルールが定められている。制度信用取引を実施する証券会社に、株券や資金を貸す「貸借取引」を手掛けるのが日証金だ。

 戦後、証券市場の発達が十分でない頃、証券会社に資金や株を貸し付ける専業会社が必要だと考えられ、証券金融会社がもうけられた。これまでに再編が進み、免許を持つ証券金融会社は日証金のみとなっている。

「東芝モデル」で天下りの調査を要求

 信用取引を支える公共的な役割を担う日証金。なぜストラテジックキャピタルは目を付けたのか。丸木代表は「改善点のある会社に投資をした方が、リターンが取れる。日証金の場合は、ガバナンス不全だ」と話す。

 ガバナンス不全とは、歴代社長の「天下り」を指している。ストラテジックキャピタルによると、1950年の上場以来、日証金の社長10人は全て日本銀行の理事や副総裁。社長以外にも日銀や財務省出身の取締役が続いているほか、東京証券取引所出身の社外役員もいる。ストラテジックキャピタルは「天下り」を容認している日証金はガバナンスが機能不全に陥っていると問題視し、社長らの就任経緯を調査する弁護士3人の選任を株主提案した。この提案には、2つのポイントがある。

 1つは、東芝の「疑惑」追及の際に活用された、会社法316条2項「調査者の選任」を使っている点だ。シンガポール拠点の投資ファンド、エフィッシモ・キャピタル・マネージメントは、東芝が20年7月に開いた定時株主総会について、東芝から圧力を受けた株主が議決権を適切に行使しなかった疑いがあると主張。その経緯を調べるために弁護士らを調査者として選任する株主提案を行い、21年3月の臨時総会で約58%の賛同を集めて可決された。

 弁護士らは、約78万件ものメールを「デジタルフォレンジック」で調べ、東芝幹部と経済産業省との生々しいやりとりを浮き彫りに。「総会が公正に運営されたものとはいえない」と結論づけ、その影響で当時の取締役議長の再任が否決されるなど東芝の経営は大きく揺らいだ。

 この手法が巧妙な点は、「調査なら」と他の株主の賛同を集めやすい点だ。今、機関投資家は理由なき沈黙が許されず、株主提案に賛成か反対かの根拠を外部に発信することが求められている。調査して「潔白」が証明されれば問題がないわけで、投資家は反対しにくい。過半数の株主の賛成だけで経営陣の懐に切り込める手段として、東芝以外にも提案事例が出ている。(関連記事:広がるか疑惑追及「東芝モデル」 明治機械巡り異例の委任状争奪戦)

 日証金は、「他の上場会社で調査者の選任が要求された事例は会社側に法令違反の疑いがあるという理由だったが、当社には法令違反の事実は全くない」として株主提案に反対している。さらに、「フォレンジック調査などを行えば、当社の営業秘密や取引先との機密情報も調査者が目にして、取引先からの信用が毀損され、業務執行に支障が生じかねない」と強調している。

ESGの「S」を焦点に

 もう1つのポイントは、ESG(環境・社会・企業統治)のなかでも「S」に着目した点だ。ここ数年は、増配や自社株買いといった株主の利益に直結する要求以外に、気候変動問題への対応不足を指摘するといった「E」に関連する提案が増えていた。しかし、ウクライナ戦争に端を発するエネルギー価格の急騰は、「E」の性急な推進に再考を促している。

 ストラテジックキャピタルは、日証金の「天下り」は社会正義(S)に反し、資質に欠けた人材が経営を担っているために、ROE(自己資本利益率)が2~4%程度と低迷しているという主張を展開している。「E」に代わって相対的に「S」に注目が集まりやすい今、ほかの株主が提案を無視しづらい状況だとにらんでいる。

 日証金は1月10日、株主提案に反対する趣旨のリリースの中で、「次期社長候補には(日銀など)公共部門出身者を含めない」と表明した。本業は制度信用取引を支える公共的な役割が大きい一方で、全体の売上高のなかでは存在感は下がっている。ほかの収益源を開拓するのに、証券や金融の知識が深い人材が求められているという理由だ。ストラテジックキャピタルの提案が原因ではなく、従前より社長の選任などを議論する指名委員会で検討していたという。

20年前にも投資していた

 ストラテジックキャピタルは、2022年6月の日証金の定時株主総会で、社長の報酬を開示するよう定款変更を提案したが、賛成は約24%で否決された。定款の変更には3分の2以上の賛成が必要なうえに、「企業の『憲法』のような存在である定款を変更するほどではない」として、機関投資家が反対する傾向が強い。従来のストラテジックキャピタルは、「株主から20~30%の賛同を得られて、結果として経営陣の考え方が変化すればいい」(丸木代表)として、「負け」を容認していた。

 約20年前、丸木氏が参画していた当時の旧村上ファンドは、「日証金に出資していた」。不動産賃貸業や、有価証券の運用など資産効率が良くない事業を営んでいる点に目を付けたが、目立った提案をする前に株式を売却した。いわば、今回は3度目の正直になる。丸木氏は、「株主提案だけでは、天下りで70年以上経営してきた会社の経営は変わらない」と他の株主を訪問して賛同を呼びかけている。

 対する日証金は前述の通り、社長就任の経緯に違法性がないとしたうえで、「貸借取引制度など市場のインフラを支えていく証券金融会社として、財務の健全性を維持していく必要がある」として、ROEの急激な上昇は容易ではないと説明している。証券金融会社としての免許業務に支障を来さない範囲でしか別の業務が承認されず、「積極的なM&Aや、収益性は高いがリスクも高い事業に簡単に乗り出せない」(IR担当者)という。

 2022年4月に市場区分の再編に踏み切った東京証券取引所は、上場会社の企業価値向上策を検討する有識者会議をもうけた。議論の中で問題視されているのが、「PBR(株価純資産倍率)の1倍割れ」だ。東証プライム市場に上場する企業の半数がPBRの1倍、いわゆる「解散価値」を下回っている。

 東証は対策として、23年春にプライムとスタンダード市場において、「継続的にPBRが1倍を割れている会社には、改善方針や進捗状況の開示を強く要請する」という方針を示している。ストラテジックキャピタルによると、プライムに上場している日証金のPBRは2010年以降、一度も1倍を超えたことはない。

 東証の有識者会議では、「一番の問題は企業に危機感がないこと。PBRが1倍を割れていても、史上最高益などと言っている会社もある。上場企業は株式市場で評価されるものだという基本的な考えが、理解されていない」(神田秀樹・学習院大学大学院教授)、「(PBR1倍割れに甘んじている)そのような会社に退場してもらわないと生産性は上がらない」(松本大マネックスグループ社長CEO)といった厳しい意見が相次いだ。

 株式市場からお金を集めて、その元手でもって利益を稼ぐ上場会社にとって、企業価値の向上は責務だ。丸木氏は「公共性を強調するなら、非上場になればいい」と唱える。日証金のIR担当者は「今後、事業拡大のために海外投資家との関係性を深めるには、上場しているという信頼が生きる。PBRが1倍を割り込んでいる現状をよしとしているわけではなく、株主還元など対策を打っていく」と話す。

 日証金の主張が賛同を得て、株主提案が否決されても、上場している限りは資本効率の低さが問われ続ける。資本効率を高め、株価を引き上げるか、上場している意義を再考して「退出」を選択するのか。上場企業がアクティビストの追及に対抗するには、どちらかしかない。

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